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講談よろず掲示板

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ブログ『講談メモランダム』の開設 - 管理人 URL

2017/08/12 (Sat) 21:18:55

 しばらくこの掲示板を使って、管理人が聴いてきた生の講談の演目などの情報、あらすじを記してきましたが、掲示板ではいろいろ制約が多いという事で、この度ブログ『講談メモランダム』を開設し、そちらの方に移行することにしました。

http://koudanmemo.blog.fc2.com/

 出来るだけ写真も載せ、また時折、管理人の講談以外の趣味(落語、地図収集、鉄道、旅行、歴史散歩)や日々の雑感などについても記していきたいと思います。この掲示板も引き続いてご利用できますので、講談について「こんな情報があるよ」という方にもご自由に活用して頂きたいと思います。

8月6日 朝練講談会@日本橋亭 - 管理人 URL

2017/08/08 (Tue) 19:09:53

★★★朝練講談会(お江戸日本橋亭 9時32分開演)

●一龍斎貞弥 番町皿屋敷
 旗本、青山播磨と腰元のお菊とは相思相愛の仲だが身分の違い故、なかなか結ばれることは無い。播磨の小石川の叔母は縁談を持ちかけるが、お菊を想う播磨は全く受ける気はなかった。青山家には先祖代々伝わる高麗焼の十枚組の皿がある。家宝であり1枚でも割ったらその者の命は無い。
 ある日のこと、水野様が来るのでこの皿を盛り付けに使うという。お菊は殿様が叔母さまから紹介された方を嫁に貰ったらどうしようと気がかりでしょうがない。十枚の皿を目の前にしたお菊は、殿様の本当のお心が知りたいと、1枚の皿を柱に打ち付け割ってしまう。割れた皿を家来の十太夫が見つけ慌てていると、播磨も部屋入ってくる。お菊は高麗の皿を割ってしまったことを播磨に告げるが、粗相なら仕方ないと播磨はこれを一旦は許す。割れた皿は井戸に投げ捨ててしまう。お菊には年老いた母親がいる。母親をこの屋敷に呼び寄せ、自分を婿にすれば良いと言ってお菊に求婚する播磨。
 そこへ十太夫が血相を変え部屋に駆け込んできた。お菊が皿を割ったのは粗相ではなくわざとであった。同じ腰元であるおせんが見ていたのだ。播磨はなぜ皿を割ったのかをお菊に問うと、殿様の本当の心を試そうと思った、皿が大事か自分が大事か試そうとしたと打ち明けた。これを聴いて激怒した播磨は、お菊を押さえつける。自分がお菊を想う気持ちは男の誠の心であるのに、その心を疑うお菊を断じて許せなかった。1枚、2枚、3枚…。播磨は残りの皿を1枚1枚お菊に取り出させ、それを刀の鍔で次々と割ってしまう。家来の権次はこれを止めようとするが、さてはお主はお菊に懸想しているなと彼を斬り殺してしまう。続いてお菊も斬り殺される。2人の死骸は井戸の中に投げ込まれた。
 夜、一生の恋が潰えたと酒をグイグイ飲む播磨。突然行燈の油が尽きて火が消える。1枚、2枚、3枚…、聞こえるのは恨めし気なお菊の声。迷って出たお菊の霊は播磨の顔を睨みつける。続いて権次の霊も現れる。狂ったように刀を振り回す播磨。やがれ疲れ果て播磨は倒れ込んだ。その後も毎夜、井戸からお菊が皿を数える声が聞こえたという。

●一龍斎貞橘 高野長英牢破り
 幕府の鎖国政策に異を唱え、開国を訴えていた高野長英は小伝馬町の牢に投獄される。牢に入って6年目になり、尊敬する渡辺崋山が腹を切って死んだとの情報を耳にする。なんとしてもこの牢獄から出て幕府の政策の誤りを世に知らしめなければならない。同房で盗人の栄蔵という男に揉み療治をしてもらっているが、彼は今月末にはこの牢から出られそうだと言う。長英は、自分が牢に入れられる直前、豪徳寺の境内に千両という金を埋めた。掘り出すにも境内は広いので自分でなければ埋めた場所は分からないであろうと栄蔵に言う。これは長英の計略であった。当時、火事が起きた場合、牢獄に火がまわりそうになると「決め放い」といって3日間の間に牢に戻ると罪一等が減じられるとのお達し付きで罪人たちは解放された。長英はこれを脱獄のための企てに使う。
 牢を出た栄蔵は早速、豪徳寺の境内を掘ってまわるが、広い境内を手あたり次第掘ってまわっても金は見つからない。果ては墓荒らしかと寺男に咎められ逃げ出してしまった。
 金を探すには、やはり長英から直接場所を聞き出すしかない。長英を脱獄させるために牢の近くで火事を起こそう、栄蔵は長英の目論見通りに考える。牢獄の近くに家を借りた栄蔵はせっせと木屑を集める。そして風の強い日、これに火を点けるとたちまち燃え広がり、小伝馬町の牢獄にも火の粉が降りかかる。決め放いということで長英も牢から解放される。まずは御徒町の門弟の所に行き、次に妻子の住む奥州水沢へと向かう。
 一方、栄蔵は豪徳寺で長英を待つが来るはずもない。あの火事で長英は死んでしまったかもと思う。また一人で寺の境内を掘ってまわるがまた先般の寺男に見つかる。事情を話すと「それならば」と2人で見つかるはずもない金をいつまでも掘って探し続ける。
 水沢に着いた長英は妻子と再会するとすぐに江戸に戻る。硫酸を使って顔を変え、三伯という名で青山にて医者を開くが、半年後には見つかり、庭先で自害をした。遺骸は塩漬けにされ首をさらされる。時代が変わって明治になり、高野長英は勤皇の士ということで再評価されるようになる。
 (10時30分終了)

8月5日 本牧亭講談会@御茶ノ水、辻講釈@両国駅 - 管理人 URL

2017/08/08 (Tue) 19:01:36

★★★本牧亭講談会(御茶ノ水・太陽 13時02分開演)

●田辺凌天 鬼小島弥太郎使者
●宝井梅湯 寛政力士伝 小田原遺恨相撲
 横綱・谷風梶之助は強いというだけでなく人格も優れた人物であった。誕生日の酒宴の席で百人程が楽しく語らい合っている。その中での話で、伊豆下田に荒岩大五郎という漁師あがりのめっぽう強い素人相撲の力士がいる。最近、相州小田原では江戸相撲の興行がないが、これは素人の荒岩相手に負けるのが怖くて、江戸の相撲取りたちは来られないからだとの噂が立っていることを谷風は知る。江戸相撲の強さを見せつけなければならないといきり立つ谷風。興行師の相模屋半七に頼み、小田原での3日間の江戸相撲興行が実現した。
 江戸から八十数名の相撲取りが小田原へと乗り込む。興行1日目。大入り満員である。荒岩と対戦する江戸側の力士は鯱(しゃちほこ)。鯱は得意の頭突きで前へと攻めるが、荒岩は体をかわして相手を後ろから勢いよく押すと、鯱は土俵の向こうの彼方へと飛んで行ってしまった。 
 谷風に会いたいと宿泊先へやってきたのは、伊豆下田の漁師、政吉の女房と息子。政吉は素人相撲の力士であった。荒岩は政吉の女房に横恋慕していたが、拒絶されるとその遺恨から政吉を投げ飛ばして殺してしまったと言う。是非政吉の仇を討って欲しいと頼む2人。この2人のためにも益々負けられないと谷風は思う。
 興行2日目。荒岩と対戦するのは雷電。対戦が始まると雷電はもろ手を挙げてバンザイをする。荒岩は雷電の胸に額を付け万全の態勢である。そこで雷電は手を下げて荒岩の両腕をつかみ内側へ力を入れると、荒岩の腕がボキボキと折れる。そして荒岩を横倒しにして雷電は勝利した。雷電の勝利に沸く客席。両方の腕を折られた荒岩はそれから相撲が出来なくなり、以後不遇の身となる。雷電の屈強さと谷風の義侠心はいつまでも讃えられるのであった。
●神田すず 左甚五郎 竹の水仙
 <仲入り>
鈴々舎八ゑ馬 新作ショート落語「師匠の不倫」
 ある落語家の師匠。今度、弟子が取材を受け、師匠の事について話す機会があるのだが、いかに自分がすばらしい師匠であるか、取材者の質問に対して自分の言うとおりに答えるよう言いつける。しかし取材者の質問と弟子の返答がかみ合わず、まるで今話題の芸能人のスキャンダルみたいな話になってしまう。
 〃 親子酒
●神田春陽 徳川天一坊 龍の夢
 自らを将軍吉宗公の御落胤だと公言する天一坊。権謀術策を使い、世の要人たちもそれが真実だと認めつつある。しかし南町奉行・大岡越前忠相は、天一坊の悪相からこの男は真の御落胤ではないと見抜いていた。越前は白石治右衛門・吉田三五郎の両名を紀州へ送り込み天一坊の正体とこれまでの悪事を突き止めることができた。
 越前は治右衛門を天一坊の宿舎へ使者として送る。応対に出た山内伊賀之助に天一坊は将軍様の御落胤と認められたとして、明日、越前の役宅へ向かった後の天一坊の段取りを伝える。長い間吉宗公のの御落胤だと偽り将軍家の乗っ取りを謀ってきたがこれで大願成就。徳川の天下は俺のものだとほくそ笑む伊賀之助。しかし治右衛門の方も嘘を付いていた。天一坊らの陰謀はすでに露見しており、一味を捕らえる段取りは着々と進んでいる。
 夜、天一坊らは能を観劇する。今まで自分らの悪事が発覚しないかと恐れ気が張っていたが、明日はついに企みが結実するということで気が緩んでいる。もとより武士でなく能の心得が無い天一坊は、居眠りを始め夢を見る。目を覚まし、大森弾正に今みた夢の占いをしてもらう。海で釣りをしていてふと水面に顔を写すと額に角(つの)が生え龍のような面体になっていた、将来将軍職を担う者がこのような面相では具合が悪いと、その角をへし折ってしまった、こういう夢であったという。大森弾正は古来、中国では龍は君主の例えでそれは吉夢だと言う。まわりの者は天一坊と共に喜び、祝う。
 しかしただ一人、天一坊らの相貌を見渡した伊賀之助は、大岡越前に陰謀を見破られたことに気付いた。伊賀之助は部屋に戻り一人酒を飲む。そこへ酔っぱらった赤川大膳が入って来た。伊賀之助は大膳に語る。天一坊は龍は龍でも角の無い「駄龍(だりゅう)」であり生涯昇天できず水面に落ちてしまう。天一坊とその一味には死相が出ている。陸も海も天一坊らを捕らえるための手配りが既に済んでいるだろう。自分ら2人は人を殺してはいないので切腹で事足りるだろう。翌朝、2人は病気だということで天一坊との同道を断った。何も知らない天一坊と2人の共謀者は越前の役宅へ向かい、いよいよ天一坊お召し捕りということになる。
(15時34分終了)


★★★辻講釈を楽しむ会(両国江戸NOREN 土俵前 18時03分開演)

●宝井梅湯 寛政力士伝 小田原遺恨相撲
●宝井琴柑 那須与一扇の的
●宝井琴梅 四谷怪談 お岩誕生
 (19時27分終了)

8月3日 はなぶさ会@日本橋亭 - 管理人 URL

2017/08/08 (Tue) 18:53:03

★★★はなぶさ会(12時40分開演 お江戸日本橋亭)

●宝井琴屯 三方ヶ原軍記
●田辺凌天 鬼小島弥太郎使者
●田辺いちか 村越茂助左七文字の由来
●宝井梅湯 関東七人男 高萩の猪之松の最期
 高萩村の猪之松と赤尾村の林蔵はどちらも剣術にかけては免許皆伝の腕前。また、両者とも上尾の女郎屋・山城屋の板頭「おやま」に入れ込んでいる。おやまが惚れているのは猪之松の方で、ある日、店で猪之松と一緒にいる時に「秩父のお大尽が来ているから」と嘘を言って、訪ねて来た林蔵を追い返してしまう。このことを知り怒った林蔵は翌朝、帰り道の猪之松を待ち伏せして木剣試合を挑むが両者相打ちで引き分けのまま二人は分かれた。林蔵は子分2人と上尾に戻り、山城屋でおやまと乱痴気騒ぎをする。そこへ来たのが、林蔵の父親、磯五郎の子分の長蔵。親父さんが呼んでいるので家へ帰れと言う。林蔵のなわばりである権現山で猪之松が賭場を開いているという。その賭場で壺を振っていたのが赤尾の側の者である青田村の幸次で、それに怒った五助ら林蔵の子分が賭場に乗り込み、場を滅茶苦茶にして、幸次の指を詰めてしまった。これを聞かされた林蔵。確かに幸次のやっていたことは悪いが指を詰めるまでの事ではない。もしそれが本当なら死ぬまで幸次の面倒をみてやろう。
 事実を確かめようと林蔵は五助の家を訪ねるが留守で、母親がいた。今度は猪之松が原の笹山で賭場を開いていると聞かされる。原の笹山はやはり林蔵のなわばりでしかも一番目抜きの所だ。怒り心頭の林蔵は自分一人でも乗り込んでやろうと思う。林蔵の使う合羽を入手するため五助の母親は出かけ、林蔵は一人待つ。そこへ道を尋ねてやってきたのが「山城屋」の提灯を持った若い男。聞いてみると女郎の「おやま」からの手紙を届けに行くところで猪之松を探しているという。使いの男は話している相手が本人だともしらず、おやまはケチな林蔵に愛想を尽かし猪之松に乗り換えたとさんざんな事を言う。さらに江戸にいる「おやま」の叔母から身請けの相談があり、それを猪之松に伝えるために手紙を送ったと言う。
 五助の家を出た猪之松は原の笹山へ向かう。猪之松は笹山のふもとの専太郎という百姓の家にいると聞かされる。専太郎の家では、林蔵の子分の者どもが攻めてくるに違いないと自分の子分らに食べさせるおむすびを沢山作らせていた。林蔵はひとり家に乗り込み、猪之松に斬りかかった。最初は額を、そして肩口から腹を斬ると猪之松は倒れ絶命した。
 林蔵は、坂戸の源右衛門の家を訪ね、この間の碁の続きをしたいという。源右衛門に猪之松を殺したことを告白し、そして心残りのないよう今夜碁を打ちに来たと言う。猪之松を殺したからには、少なくとも2、3年はこの地にいることは出来ない。源右衛門は林蔵に十両の金を渡す。林蔵は2人の子分を連れて旅に出るのであった。
●田辺凌鶴 蘇生奇談
 <仲入り>
●トリトン海野 ラッパ漫談
●神田山緑 妲妃のお百 お峰殺し
 大坂の廻船問屋、徳兵衛はお百という女のために財産を使い果たしてしまう。2人は江戸へ出るが、お百は徳兵衛の元から逃げ出してしまった。今、お百は深川の美濃屋の売れっ子芸者である。
 ある日、お百が家にいる時に突然現れたのが徳兵衛。金策をしている間にお百が消えてしまった事を怒り、出刃包丁でお百を斬りつけようとする。お百はなんとかなだめ、木更津に知り合いがいるので、今夜2人で夜逃げをしようと言う。徳兵衛が酒を飲んでいる間にお百は二階に上がり、大きな荷物を持って降りてくる。金目の物をまとめてきたから道中これを売りながら金を拵えようと言う。荷物を背負う徳兵衛。これが大変に重くよろける。
 夜2人で家を出る。お百のあとを重い荷物を背負いながらヨロヨロと付いていく徳兵衛。真夜中、十万坪と呼ばれる底なし沼の元で2人は一休みする。前かがみになった徳兵衛をお百は後ろから突いた。底なし沼に落ちた徳兵衛。さらにお百は六尺で徳兵衛の眉間を突き刺す。「お前の背負っている物は沢庵石だよ」お百が高らかに笑っているうちに徳兵衛は沼に沈んだ。徳兵衛の沈んだ場所から火の玉が浮かぶ。お百は平気な顔をしながら「これは提灯代わりになる。お前は死んでも私に惚れているんだね」とせせら笑うのであった。
 深川に戻ったお百はしゃあしゃあと暮らしている。ある日、表より三味の音が聞こえる。興味を持ったお百は、女中のおきんに言いつけて弾いている者を家の中に入れる。入ってきたのはお峰という50歳くらいの女と、およしという12~13歳の娘。女中のおきんはお峰を知っていた。お峰は三味線弾きの名手であったが、目が不自由になってしまう。春日部の醤油問屋に嫁ぐが間もなく旦那が死んでしまい家から追い出されてしまった。その後娘と2人で三味線を弾きながら方々を渡り歩いているという。お百はこの2人を家の二階で生活させることにする。
 しばらく経って、お百から目の名医を紹介されたお峰は女中のおきんと共に向島へと出かける。2、3日して、お峰を訪ねて金貸しの金兵衛という男がやってくる。50両の借金の催促であった。お峰は向島へ行っていると言うと「それは困りますよ」という金兵衛。何かあった時にはおよしを女中にでもなんにでも使ってくれと言い使っていたお百は、「金兵衛の家に2、3日の間行ってておくれ。その間に金は工面するから」とおよしに言う。金兵衛に連れられておよしは家を出て行った。夕方、金兵衛はお百の家へ来る。「130両で売れました」。実はお百と金兵衛はグルで、およしを遊郭へと売り飛ばしてしまった。金兵衛の取り分が30両、そしてお百は100両という大金を得る。
 10日ほど経ち、治療の甲斐があって少し目が見えるようになったお峰が帰って来た。お峰はおよしに会いたいと言うが、「お花という仲良しの子の家にいるから」とお百はごまかす。しかし何日経ってもおよしは現れない。またお百はお峰にろくに食事を与えない。やがて、お峰はやせ細り髪の毛は真っ白で化物みたいな姿になる。いつまで経っても「およしに会いたい」とうるさく言うお峰をお百は殴る蹴ると虐げる。
 ある時、秋田小僧重吉という者がやってきた。お百は重吉に事情を話し、10両の金でお峰の殺害を依頼する。重吉はお花の家の番頭だと偽り、およしに会わせるからと言ってお峰を連れ出す。重吉とお峰は駕籠に乗り、向島の真っ暗な葭が茂っている原で降り立った。重吉は本当の事をばらし、アイクチでお峰の腹を突き刺す。なかなか死なないと今度は帯を首に巻き付けて絞め殺す。お峰の死骸に石を括り付けて隅田川に放り込む。
 重吉は駕籠に乗り吉原へ向かうが、どういうわけかなかなかたどり着かない。婆さんの霊が付いて回り、駕籠の進む方向を迷わせている。駕籠を飛び出した重吉は、走って吉原へ逃げ込む。遊郭で重吉の相手をしたのは、因縁の娘、およしであった。
(15時35分終了)

7月30日 朝練講談会、日本講談協会定席@広小路亭 - 管理人 URL

2017/07/31 (Mon) 21:22:08

★★★朝練講談会(9時32分開演 お江戸日本橋亭)

●一龍斎貞鏡 左甚五郎 水呑みの龍
●旭堂南左衛門 賤ヶ岳の合戦
 (10時37分終了)


★★★日本講談協会定席(12時25分開演 上野広小路亭)

 今日は先日亡くなった神田紅葉先生の告別式だということで、演者の皆さんもやりにくそうでした。前座の紅佳さんはお葬式のお手伝いのため休演。

●神田桜子 秋色桜(前半)
●神田みのり 寛永宮本武蔵伝 玄達と宮内
●神田松之丞 日本名刀伝 正宗の婿選び
 相州鎌倉の刀鍛冶の名人、正宗には多くの弟子がいる。正宗には「たがね」という娘がいた。政近、貞宗、村正と3人の優れた弟子がいるが、一番良い刀を作ったものを娘の婿として、この相州流を継がせようと正宗は考えた。
 小川の上流からワラを5~6本流し、その下流で刀を水に付け切れ味を試す。まず政近の刀ではワラが刀に絡みつき全く切れなかった。次に貞宗の刀で試すと最初のうちは切れないが、気合を入れてみるとワラは切れた。最後に村正の刀では刃に付くか付かないかというところでワラは切れてしまった。切れ味では村正の刀が一番であるが、真の名刀とは斬るのが目的ではない。小にしては一身を守り、大にしては天下国家を守る。正宗が後継に選んだのは貞宗であった。自分の方が腕は優れていると怒った村正は姿を消した。その後、妖刀村正と呼ばれ、人を無性に斬りたくなる、人に害を為す刀として全国に知れ渡るようになる。
●神田鯉栄 鉄砲のお熊
●神田松鯉 五平菩薩
 奥州白河の近くに泉村という村がある。名の通り綺麗な水に恵まれた村であったが、天明年間の浅間山の大爆発により水脈が変わり、水がまったく出なくなる。これでは飯が食えないと村民は次々と村を逃げ出し、今ではわずかの者しか村に残っていない。
 井戸掘りの五作は苦心して水を掘り当てようとするが、中気になり寝たきりになってしまった。息子の五平は五作の看病をしながら仕事をする。村の和尚、玄誉は喉が渇いて経も読めない。五平がいない間に五作の家に忍び込んで、枕元にある大切な水を飲んでしまう。水をくれといいながら五作は死んでしまった。
 生き仏とも呼ばれた玄誉和尚は、悔恨の情から自分の罪を五平に告白し詫びる。父親の遺志を継ぎ、五平は村のあちこちに井戸を掘るがやはり水は出なかった。村の庄屋、三郎兵衛にはお露という18歳の娘がいた。井戸を掘るためには錐(きり)が必要だがもうこれを買う金が無い。お露は身の回りの物を売って金を工面するがやはり水は出ない。
 あと5本錐を買ってそれでも水が出なければ死んでしまおうと五平は言う。玄誉和尚は寺の寺宝を売って金を拵え、五平は父親の墓の隣を掘る。名主・三郎兵衛は村を捨てる決意をするが、お露は残って五平の手助けをしたい。お露は父親から逃げ、寺の玄誉和尚にかくまってくれるよう頼む。お露は身を隠すが、そこで三郎兵衛が現れ、娘をどこに隠したと、和尚の首をつかむ。その時、五平が掘っている井戸から冷たい水がコンコンと湧き出た。
 水が出たことを鐘を打ち鳴らして伝えると、村の者たちが戻って来た。さらに井戸を掘ると村のあちこちから水が出る。この話を聞き付けた白河藩の楽翁公は五平に七ヶ村の総束ねの役目を与えた。五平とお露は夫婦になる。感謝する村の者たちにより五平の木像が彫られ、この像は今でも村の寺に大切に安置されている。
 <仲入り>
●神田愛山 河村瑞賢 お盆の金もうけ
●神田阿久鯉 祐天吉松 合縁奇縁
 本郷二丁目の加賀屋という大店。主の七兵衛は一代で3万両という財産を築いた。七兵衛には「おぬい」という娘がおり、これが「本郷小町」と呼ばれる大変な美女。このおぬいが最近ブラブラ病で床に着いたきり。さては恋煩いか。
 ある日、神田佐久間町の経師屋、茂助に依頼した山王様のお祭りの絵巻物が完成し店に届いた。これを明日佐竹様にお納めする。その前にと七兵衛は絵巻物を娘に見せるが正気を失っているおぬいはこれに簪(かんざし)を突き刺し、2箇所穴をあけてしまった。青ざめる店の者一同。店の若い者は茂助の元に飛んで走るが、茂助は留守である。頭を抱える七兵衛。すると店の前で様子を伺っている25~26歳のキリッとしたいい男がいる。茂助の家から替りで来た者でやはり経師の職人だという。店の者は、とりあえず直せるかどうか見立ててもらおうと店の奥に案内する。
 男はおぬいの寝ている部屋の前を通った時ハッとした。この男は吉松といい、かつて仲間と2人で両国界隈で巾着切りの盗人をしていた。ある日、両国回向院である娘から簪(かんざし)を盗もうとすると、お付きの婆やに捕らえられた。娘は泥棒などもう止めなさいと5両2分の金を紙に包んで渡した。吉松は堅気になろうと決意し、昔の仕事である経師の職人に戻った。この時の娘こそおぬいである。また、おぬいが恋煩いしている相手こそこの吉松であった。
 吉松は仕事に取り掛かった。見事な出来栄えで繕った物とは思えない。七兵衛は酒を勧めるが飲まないまま、手間代は茂助親方に払って下さいと言って帰ってしまった。
 部屋で寝ていたおぬいも、また吉松の顔を見て気付いていた。今来た職人が娘のブラブラ病の因となった男で、しかも以前は盗人であったと七兵衛は知らされる。あの人と添えないなら死んでしまいたいとおぬいは言う。
 そこへ茂助が加賀屋を訪れる。吉松を娘の婿に迎えたいと言う七兵衛。自宅へ戻った茂助は吉松に3万両の身代の店の養子になれると勧めるが、自分は元は盗人だからと吉松は断る。しかしかえって莫大な財産に目もくれない事を気に入られ、ついには吉松も渋々同意する。やがて結ばれた吉松とおぬい。七松という子供も生まれた。
 しかし幸福は続かなかった。昔の盗人仲間の立花金五郎は吉松をゆすり、これから波乱万丈の物語の幕開けとなる。

7月29日 講談貞橘会、琴調・南左衛門二人会@カフェ - 管理人 URL

2017/07/31 (Mon) 21:06:38

★★★講談貞橘会(13時31分開演 らくごカフェ)

●田辺いちか 三十三間堂誉れの通し矢
●一龍斎貞橘 小猿七之助
●旭堂南左衛門 長短槍試合
 <仲入り>
●一龍斎貞橘 天保六花撰 三千歳・直次郎の密会
 吉原大口楼の三千歳と片岡直次郎は思い思われる仲。三千歳は廓抜けをし、直次郎の兄貴分である宗俊の元に身を寄せる。宗俊は2人を添わせたいと思う。宗俊の入れ知恵により、三千歳の客の一人である森田屋清蔵に身請けの金を出させて三千歳を妾宅に住ませ、その後そっとその妾宅から抜け出させてしまえば良いと考える。森田屋に身請けの話を持ち掛けると、彼はこれを引き受けるが、その代わり半年間は直次郎を三千歳と逢わせてはならないとの条件を付ける。森田屋は全てを見抜いていた。
 森田屋の付けた条件を受け入れて身請けされた三千歳は妾宅に住むようになる。森田屋は商売で奥州・蝦夷地へ赴くことになり2ヶ月ほどは留守にすると言う。三千歳は逢引きの手紙を直次郎に送る。夜、直次郎は妾宅にそっと侵入し、2人は逢瀬を楽しむ。こんなことが数回繰り返されて、ある夜、その日も妾宅の二階で2人が密会していると、外の戸がドンドンと音がする。盗人かと思った直次郎。そこへ入って来たのは旅をしているはずの森田屋清蔵であった。三千歳と直次郎は、私が悪い、いや私が悪いと言い合う。深夜なのにも関わらず森田屋は宗俊を呼び寄せる。話し合った結果、三千歳はまた吉原へ戻ることになった。
 吉原の大口楼にまた三千歳が戻って来た。再び直次郎は三千歳の元へ通う。しかし三千歳は、自分のことを大事にしてくれて剣術に優れ男っぷりの良い金子市之丞へと心変わりしつつあるのであった。
●一龍斎貞橘 義経と勇敢な仲間たち
 (15時43分終了)


★★★花形講談会 第4回宝井琴調・旭堂南左衛門二人会(18時02分開演 らくごカフェ)

●田辺いちか 御子神典膳
●宝井琴調 清水次郎長 大瀬の半五郎
 又五郎と半五郎とは兄弟で草加のバクチ打ち。土地の親分、伊草の菊蔵と争いズタズタに斬る。仲裁があって一旦は手打ちをするが、半五郎が上州に行っている間に、又五郎は殺される。殺したのは上総屋五蔵。又五郎の情婦である八幡屋の女郎、お染が手引きしたと半五郎は聞かされた。兄貴の仇を討たなければならないと半五郎は草加に戻る。雨の降る中、半五郎は八幡屋の庭の草むらの陰に隠れている。廊下を歩いているのはお染。半五郎はお染を左肩から斬りつける。息も絶え絶えのお染は、五蔵を手引きしたのは自分ではなく、遣り手のお鉄だと言い残し事切れる。半五郎はお鉄の部屋に入り、斬り殺そうとするが、どうせならさんざん苦しませてから死んでもらおうと、煮えたぎっているお湯を寝ているお鉄の口の中に注ぎ込む。さらに口の中に中長脇差を刺し、お鉄の首を斬り落とす。
 この後、上総屋五蔵の首も取った。3人も殺してしまってはまずいと、半五郎は伝手あって清水次郎長の元に厄介になることになり、四天王のうちの一人として活躍する。
●旭堂南左衛門 侍の洋行
 幕末に開国政策を取る徳川幕府と一番対立していたのが長州藩。毛利長門守は朝廷から外国の勢力を打ち払う、攘夷の詔(みことのり)を受けるが、なにしろ敵の様子がまったく分からない。井上聞多(ぶんた)のちの井上馨を呼び出し、イギリス・ロンドンまで密航し調査するよう申し付けた。無茶なことを言い付かってしまった井上。同行する3人とともに京都から江戸へと出る。さらに江戸で伊藤俊輔(のちの伊藤博文)と出会い、彼も密航に加わることになる。ともかく金が要ると江戸御留守居役の村田蔵六(後の大村益次郎)に三千両を頼むと、どうせ腹を切るなら一緒と五千両の金を渡された。
 伊藤は以前、横浜居留地に住むガールという英国人の貿易商を助命したことがある。このガールを頼ろうと、5人は彼の居館を訪ねる。幕府からの許可のない洋行は禁じられていると断るガール。しかし庭先で切腹する真似をすると驚いたガールは密航の協力を承諾する。
 5人は武士と分からないように、髷を切り靴を履き、西洋の水夫のふりをして汽船に乗り込んだ。上海、そしてロンドンへと渡った5人は、進んだ文化・文明に驚いた。鎖国のままでは駄目だ、日本も外国と交流を持ってこの文化・文明を取り入れなければならないと悟るのであった。
 <仲入り>
●旭堂南左衛門 賤ヶ岳の合戦
 山崎の戦いで明智光秀を倒した秀吉。この秀吉を倒そうと画策するのが、伊勢の滝川一益、岐阜の神戸信孝、そして北陸の柴田勝家である。
 柴田勝家の7万5千の兵が江州柳ヶ瀬へ着陣する。秀吉方は総勢力で柴田勢と相対したいが、まだ岐阜城が落ちていない。木之本に秀吉の弟の秀長が本陣を置き、秀吉は美濃の大垣で指揮を取る。木之本と大垣の間は14里8丁(約57km)の距離がある。
 大垣の秀吉の元に次々と報告が入るが、砦を脱出したとか敵側に寝返ったとか悪い報告ばかり。動揺してはいけないと、報告を受けるたびに「めでたい、めでたい」と言う。
 大谷平馬(のちの吉継)が、岐阜城は自分に任せ、どうぞ賤ヶ岳を攻撃してくださいと言う。秀吉が先頭に立って木之本へ兵を進める。
 長浜の町に着くと町の者が迎えてくれた。秀吉は長浜では年貢を取らなかったので町の者は感謝している。秀吉は、脚の丈夫なものは松明(たいまつ)を持って木之本まで走れ、松明1本に付き1貫文の褒美を与えると言う。銭もうけが出来ると喜んだ町の者。数えきれない者たちが木之本まで走る。
 月の明かりのない夜、賤ヶ岳の砦には勝家方の佐久間玄蕃の1万5千の兵が留まっている。秀吉の軍が攻め入ってくるまでまだ時間がかかると思っていた。そこで無数の松明の灯りを見て、秀吉の大軍が攻撃してきたと大慌て。漆黒の闇の中で玄蕃の兵たちは大混乱に陥る。これが引き金となって柴田勝家の軍は総崩れとなる。勝家は北ノ庄の城まで退却し腹を切る。こうして秀吉は天下人へと昇り詰めるのであった。
●宝井琴調 寛永三馬術 度度平住込み
 (20時30分終了)

7月27日 講談協会定席@広小路亭 - 管理人 URL

2017/07/27 (Thu) 23:38:16

★★★講談協会定席 広小路亭講談会(お江戸広小路亭 12時30分開演)

●神田伊織 三方ヶ原軍記
●宝井琴屯 水戸黄門道中記 大河原の決闘の前段
●田辺凌天 矢取勘左衛門
●宝井琴柑 曽我物語 源氏の挙兵
 河津三郎祐泰(すけやす)は所領の遺恨から工藤祐経(すけつね)に殺される。祐泰には妻のお満と一萬丸、箱王丸という2人の息子がいた。妻と子は遠縁である曽我太郎祐信(すけのぶ)に引き取られた。
 祐泰の父親である伊東祐親(すけちか)は、伊豆の蛭ヶ小島に流されていた源頼朝を監視していた。頼朝は祐親の力を借りて兵を挙げ平家を倒そうと考えている。しかし祐親は平氏に近づこうとしていた。頼朝は祐親の3番目の娘、19歳の八重姫と人目を忍ぶ仲になりやがて千鶴丸という息子が生まれた。これに激怒した祐親。千鶴丸は石を結び付けられ松川の轟ヶ渕に沈められた。祐親の子である伊東祐清(すけきよ)は頼朝をそっと逃がし、頼朝は小田原の北条四郎時政を頼ることになった。時政の2番目の娘に目を付けた頼朝は手紙を出すが、結局は長女、政子と深い仲になり結ばれる。
 頼朝は北条の力を借りて挙兵する。一旦は下総まで後退したが、隅田川を渡って武蔵国へ入る頃には10万の勢力になっていた。さらに西へ進み、富士川を越す頃には20万の大軍になった。平家側に加担した伊東祐親、祐清親子は三島で兵を挙げたが、大軍の源氏方にはかなわず捕らえられる。父親の祐親は、八重姫との仲を裂かれ息子の千鶴丸を無残に殺されたという恨みある男。祐親は首を取られる。倅の祐清には頼朝を逃がしたという恩義があるので命は助けた。祐清は源氏方に付くよう請われるがこれを拒絶し、後々平家方の武将として最期を迎えるのであった。
●一龍斎貞橘 伊賀の水月 荒木又右衛門一行東へ
●桃川鶴女 追分供養
 中山道の追分宿に住む源蔵は、街道最大の難所、碓氷峠を行き来する馬子で、追分節の名人である。源蔵には両親が無く、13歳の妹、おさくとの2人暮らしである。ある年の8月15日で今日はお月見の日。今日は早く帰ると妹に言い残し、源蔵は仕事に出る。仕事を終え、追分宿まで帰ろうという時に一人の若侍に坂本宿まで行ってくれと頼まれる。断ろうとした源蔵だが、結局峠の茶屋までならと、侍を馬に乗せ、自らは綱を取る。
 侍は馬子の名を聞くと、唄の名人として名高い源蔵だと分かる。是非唄を聞かせて欲しいと言う侍。しかし追分節には大名の悪口を言っている箇所があるのでと源蔵は断る。侍はどうしてもと懇願し、源蔵は唄う。唄の中には「松本丹波のしみったれ」という台詞があった。侍は進藤半之丞という松本藩の侍であった。殿様を侮辱されたと激怒し源蔵を背中から斬りつけてしまう。
 いつまで経っても兄が戻ってこないと、おさくは峠の街道を探す。ガサガサという音がするので行ってみると愛馬がいる。馬に袖を引っ張られるままに行くと、着いた先には息も絶え絶えの兄、源蔵が倒れていた。「進藤半之丞」と自分を斬った者の名前を言うと源蔵は絶命した。
 おさくは兄の跡を継いで馬子になるが、武士は絶対に馬には乗せない。馬子をしながら茶屋を訪ねてまわり兄の仇の行方を捜していた。
 3年後の8月15日、兄の命日の日。年は30歳くらいの盲人の侍が馬に乗せて欲しいと言う。侍には藤八というお付きの者がいる。侍は乗せまいと誓っていたおさくだが、目の不自由な侍を気の毒に思い、馬に乗せた。侍は「其方は源蔵という者を知っているか?」と尋ねる。馬は急に止まった。彼こそは進藤半之丞である。おさくは懐から小刀を出し斬りつけようとする。半之丞は今までの事をおさくに語る。半之丞は源蔵を斬った後、江戸で盲目になってしまったが、人の心の優しさを知るようになる。今日、こうして碓氷峠を越えるが、もしあの時の源蔵が生きていたなら許しを請いたい。源蔵が死んでしまっていたのなら身内の者に仇を討ってもらい私は死んでしまいたい、こう言う。目に涙を浮かべるおさく。兄の仇と憎んでいたが心根の良いお侍様であった。「あなたを許します」とおさくは言う。おさくと半之丞は源蔵の墓を訪ねる。半之丞は墓の前に手を着いて何度も何度も許しを請うのであった。
 <仲入り>
●神田香織 フラガール にらみ合う女たち
 磐城の炭鉱では閉山の嵐が吹き荒れていた。中郷鉱も2000人を解雇するという。会社の吉本は18億円をかけて常磐ヘルスセンターを建設し、そのうちの500人を再雇用すると言う。女性のダンサーを募集し30人が集まるが、尻を振る、おへそを見せるというダンスを嫌がり次々と女性たちは逃げてしまった。残ったのはキミ子とサエ子の2人。それに分厚い眼鏡をかけた子持ちの事務員のハツ子、男と見まごう大女のサユリが加わり、この4人が取り合えずダンスを習う事になった。東京から二日酔いでフラフラのマドカ先生がやってくる。早速のレッスンで音楽を流すが、生徒4人の踊りは滅茶苦茶。頭を抱え込む吉本。ある日、4人は窓から、部屋の中の一人躍るマドカ先生のダンスをのぞきこむ。そのダンスのあまりに見事な事。興奮した4人は部屋の中に駆け込み、是非先生のように踊りたい、是非先生のダンスを教えてもらいたいと頼み込むのであった。
●宝井琴星 姫路城伝説 播州皿屋敷
 (15時43分終了)

7月26日 講談協会定席@広小路亭、三商講談会@清澄庭園 - 管理人 URL

2017/07/27 (Thu) 23:32:41

 昼間の定席。天気予報がはずれ雨がなかなか降りやまない日。場内はなんとなくドヨンした雰囲気。演者の方々の話は地味目なものが多い。まぁこういう時もある。

★★★講談協会定席 広小路亭講談会(お江戸広小路亭 12時35分開演)

●神田伊織 源平盛衰記 青葉の笛
●一龍斎貞奈 姉川軍記 木村又蔵鎧の着逃げ
●田辺いちか 三方ヶ原軍記
●田辺銀冶 古事記 木花咲耶姫
●一龍斎貞橘 金毘羅利生記 田宮源八郎金毘羅船
●宝井琴桜 二本松少年隊
 <仲入り>
●宝井琴梅 レ・ミゼラブル 銀の燭台
●田辺鶴瑛 菅原伝授手習鑑 寺子屋
 (15時29分終了)

 夕方雨は止む。この時季にしては心地よい風。紅佳さんは昨日亡くなった姉弟子紅葉先生の追悼の意を込めた演目。紅佳さんは10月28日に二ツ目に昇進されるそうです。

★★★三商講談会(清澄庭園 涼亭 18時00分開演)

●田辺凌天 矢取勘左衛門
●神田紅佳 真田の入城
●一龍斎貞弥 江島屋騒動 恨みの裾模様
 <仲入り>
●田辺凌鶴 蘇生奇談
 明治中頃の話。宇都宮新家の造り酒屋の池辺さんのお宅で庭の垣根が壊れ植木屋さんを頼む。やってきたのが五兵衛という男。仕事が済むと家の主人から塩せんべいを勧められる。主人はこの厚焼きの塩せんべい50枚を食べられたら50銭やろうと言う。大喰らいの五兵衛はこれをすべて食べてしまい50銭の金を貰う。翌日また五兵衛が来る。今度は鍋八分目の汁粉全部を全部食べられたら50銭をあげようと家の主人は言う。五兵衛はやはりあっという間に平らげ50銭の金を得た。また翌日、今度は家の主人は焼酎を1升2合飲めたら1円やろうという。五兵衛はすべて飲み干す。1円を貰ったもののすっかり酔ってしまった五兵衛。足はフラフラ、頭はクラクラの状態で家へ帰る。女房に手を引かれ部屋に入る時、つまずいて胸を敷居の出っ張りに強打。五兵衛はそのまま死んでしまった。早桶に入れられ寺の墓地に葬られる。葬式に参列した7~8人の男たちは湯灌場でバクチを始める。何がきっかけか棺桶の中の五兵衛は生き返り棺桶から出る。湯灌場の戸を開けると「化けて出た!」と中の者全員が逃げ出してしまった。五兵衛は置いてあった金をすべて集め、寺の裏側から逃げ出そうとする。そこで一人の巡査と出くわした。不審な人物と疑う巡査であったが、五兵衛の事を知っており彼だと分かる。五兵衛から詳しい事情を聴く巡査。。わずかな金のために命を粗末にしてはならないと諭す巡査。2人は五兵衛の自宅の前まで来る。女房が一人でいるはずの家から何故か話し声が聞こえる。そっと中を見ると女房と枕を並べて若い男が寝ていた。「帰って来たよ」と家の中に入る五兵衛。2人は五兵衛が化けて出てきたものだと腰を抜かす。「どうぞ浮かんでおくれ」。巡査の入れ知恵で、五兵衛は化けて出て来たふりをして、間男をしていた男の名前と住所を聞き出す。これが証拠となって2人は姦通罪で警察に捕らえられた。五兵衛は暴飲暴食を止め、後は慎ましく暮らすのであった。
 (19時48分終了)

日本講談協会・神田紅葉先生逝去 - 管理人 URL

2017/07/27 (Thu) 06:08:16

既にネットのニュース等で報じられていますが、日本講談協会所属の女流講談師、神田紅葉先生が、25日早朝お亡くなりになりました。昨年真打に昇進なされたばかりで、これからの活躍が楽しみでしたのに残念です。ご冥福をお祈りいたします。

以下は東京新聞のweb記事より

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201707/CK2017072602000129.html

> 専業主婦として三人の子どもを育てた後、
>五十歳で講談師を目指して、末期がんを患
>いながら昨年九月に史上最年長の六十五歳
>で真打ち昇進を果たした神田紅葉(かんだ
>もみじ)(本名矢光純子(やこうじゅんこ)
>)さんが二十五日、胆のうがんのため死去し
>た。六十六歳。長野県松本市出身。葬儀・告
>別式は三十日午前十一時から東京都新宿区上
>落合三の三四の一二、落合斎場で。喪主は夫
>善美(よしみ)氏。
> 子育てが一段落した二〇〇一年夏、若い頃
>に憧れた女優の道に挑戦しようと演技指導を
>受けた際、講師に講談を勧められ、神田紅(
>くれない)さんの講談教室を経て、五十歳で
>弟子入り。〇六年五月に二つ目に昇進した。
> 真打ち昇進を目前にした昨年五月、体調の
>異変を感じて精密検査を受けたところ、胆の
>うなどにがんが見つかり、手術を受けたが、
>既に手の施しようがなかった。七月に真打ち
>昇進が正式に決定。抗がん剤治療を受けなが
>ら稽古を続け、九月に東京・上野で披露興行
>を無事に果たした。
> 今月四日に紅さんと埼玉県所沢市で開いた
>講談会が最後の高座となった。

7月24日 貞水連続講談の会「仙石騒動」@湯島天神 - 管理人 URL

2017/07/25 (Tue) 13:57:01

★★★一龍斎貞水連続講談の会「仙石騒動」第3席(18時32分 湯島天満宮参集殿)

●一龍斎貞友 一休さんの子供時代 頓智問答
●一龍斎貞橘 義経と勇敢な仲間たち
 <仲入り>
●一龍斎貞水 仙石騒動 第3席「神谷転 江坂七郎の住まいを探す」
 麻布飯村四辻で、対立している仙石播磨守と相良遠江守の両者の行列が遭遇。仙石の供頭神谷転(うたた)と相良の供頭江坂七郎があわや斬り合いというところになるが、薩摩藩士、菱川重兵衛の仲裁が入ってその場は収まり2人は和解した。
 相良への仇が討てたというので仙石の殿様は気分が良い。神谷は50石の加増となった。
 しばらく後、神谷は勤めが終わった後、自宅へ帰ると魚屋の新八が訪れる。新八は江坂七郎の家にも出入りしており、江坂が浪人となって今は牛込神楽坂のどこかに住んでいるという。翌日、非番だった神谷は牛込神楽坂を訪ね江坂の家を探すがどこに住んでいるか分からない。その後も何度も牛込神楽坂の近辺を探すがやはり江坂の住まいは分からなかった。
 神谷は相良遠江守の屋敷の前に来てみる。門の近くに団子屋があり、そこのじいさんに江坂の事について尋ねてみる。江坂は神谷の首を取って帰らなかったことで相良の殿様から不興を買い浪人になってしまったとの事を聞かされる。しかし江坂の住まいはやはり分からなかった。
 神谷はこれで見つからなかったらもう最後と牛込神楽坂を訪ねる。髪結床にいた隠居に尋ねると見事江坂の住まいを突き止めることができた。さっそく江坂の住居を訪ねるが妻と息子の三人で住みでひどく困窮した暮らしをしていた。自分ばかりが加増を受け良い思いをしていることを申し訳なく思う神谷。後々、神谷の口利きで江坂は仙石の家へ召し抱えられ、神田作十郎と名を改める。

 仙石播磨守と相良遠江守とが天下の往来で喧嘩したということで、幕府はなんらかの処置をするよう求める。仙石家の家老が相談した結果、殿様には隠居してもらって、若殿に家督を譲ろうということになるが、この事を誰が殿様に告げるか。殿様の甥である仙石左京がこの役に選ばれる。両者の喧嘩を見事収めたと、世間での左京の評価は上がる。左京は寄合旗本の松平主税に気に入られ、左京の息子と主税の娘の縁談がまとまった。主税の兄は老中筆頭職の石州浜田城主松平周防守である。思わぬことで権力を得た左京。これがきっかけで左京はお家横領という仙石家の騒動の渦中の人となる。
 (20時45分終了)


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